ヴァイオリン協奏曲 作品61が現在の私の夢中の源
休日の愉しみの一つはゆっくり音楽を聴くことです。
朝、目覚めたら、いの一番にアルバムを選んで針を乗せます。
さまざまなジャンルの音楽を聴きますが、ここ数ヶ月はクラシックにはまっています。
ヴィヴァルディに始まってハイドン、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、ショパン、ワーグナー、ロッシーニ。
学生の頃に音楽室で聴かされた時にはあんなにも退屈に感じたものなのに、今は奏でられる一つ一つの音が生き生きと迫ってくることに、ただただ驚いています。
それらの音楽が数百年を超えて人々に受け継がれ愛され、いつの世にも計り知れない感動を与える理由は、どこにあるのでしょうか。
そんなことを思い巡らしている内に、「生を肯定しているから」ではないかと思い当たりました。生きていることの歓喜をはばかることなく歌い上げて、聴く者に勇気や希望や愛を存分に浴びせてくれるのです。
とりわけ、私が繰り返し聴いているのがベートーヴェン。
自分でもおかしくなる位に、寝ても覚めてもベートーヴェンの曲が聴きたくて仕方がありません。
あの有名なハイリゲンシュタットの遺書を書き、絶望の淵をさまよいながらも、湧き上がったのは生きていることへの感謝と喜び。
恐れ多いことですが、
「ベートーヴェンさん、ありがとうございます。こんなにも素晴らしい音楽を残してくれて。」と
心から感謝してしまいます。 |