年の始まりに、今年の目標は何かと聞かれたら本当に困ります。さして変化もなく、のらりくらりの一年になるのは目に見えていますから。とは言え、ああしよう、こうしようと色々考え、思い巡らしてはいるのですよ。
今まで、いつも焦りながら、何かしなくてはだめだと自分を鼓舞してきた気がします。そうしてお決まりの成し遂げられなかった後悔と諦め。または意に反した結果に終わった悔しさ。
けれども、過日、目が開かれたことがありました。
人は『する』にばかり固執している、立ち止まって『ある』について考えてみたら。「心の時間」という番組の聖書のコヘレトの言葉の回で、そんな問いかけがされていました。
する と ある
doing と being
いつもすることばかりに捕らわれていました。しなくちゃ、しなくてはならない、するべきだ、そんな思いで何十年も生きてきちゃいました。しかし、もっと大事なことは、あるということだったかも。
座して、『ある』について考えてみよう。どうあるべきかを考えるのではありません。それは『する』と変わらなくなってしまいます。今、自分がここにあることに思いを馳せます。新たに見えてくるもの、それは永遠のようにも思えます。自然と湧き出てくる確かな手ごたえ、実感を捕まえて胸に刻めたらと思っています。 |