| 北岳からの富士山 
 先日、テレビを見ていたら南アルプスの「間ノ岳」が放送されていて、懐かしさに思わず見入ってしまいました。
 その幾日か前にも「仙丈ケ岳」が放送されていて、これもまたとても素晴らしかった。
 私は超が3つも付くほど運動神経が鈍いので、運動が大嫌いでした。
 でも歩くことなら、なんとか人並みに付いて行けることを発見していつしか山歩きが好きになりました。
 
 子供達が3歳と4歳になった時に始めての山は「筑波山」。
 その後、「尾瀬」を歩いたらもう山歩きの虜になってしまいました。
 初めての北アルプスは娘が小1の夏、燕岳から大天井岳、常念岳、蝶ヶ岳を2泊3日で縦走しました。
 テントと大量の水と食料、夫のザックは私にはとても持ち上げられなくてびくともしませんでした。
 それから子供達が中学を卒業するまで、お休みと言えば山登り三昧の日々でした。
 北アルプスや南アルプス、八ヶ岳、尾瀬や秩父、奥多摩の山々、そこら中を歩いて楽しい時間を過ごしました。
 と言ってもまだまだ数にしたらほんの一握りの山なのですけれど。
 
 夜のキャンプ場はまるで色とりどりのドロップをばらまいたようにたくさんのテントが光っていた涸沢。
 奥穂へのザイテングラードではいい気になって詰め込みすぎたザックが重くてきつかったなあ。
 黒部五郎岳、雷に追いかけられてハイマツの陰に隠れてふうっ怖かったです。
 雨続きでテントの中で沈殿の三俣蓮華。
 思いがけなく山荘の自家製だと言うケーキにありつく妹を眺めながら
 「それってさ、ここで作ったんじゃなくてヘリコプターで運ばれたんだよ。」と言い放つクールな兄。
 何度も通った北岳では、ブロッケンを見て大感激しました。
 ある年は水が少なくてぽたぽたたれる蛇口から水筒にたまるまで10分もかかりました。
 息子が中一の夏休みに北アルプス雲ノ平へ行った時、とうとう私がバテてザックを取替えっこすることになりました。
 そうやって、親を追い越して行くんだなと感慨深かったのを覚えています。
 なーんだ、小槍ではダンスは踊れないじゃない!って
 娘がぶーたれていたのには笑ってしまいました。
 槍の肩の絶壁の場所で平気で昼寝する息子にひやひや。
 紅葉を見るなら仙丈ケ岳の馬の背と決まっていました。
 何度か訪れた雲ノ平はいっつも雨。
 11月の赤岳の寒かったこと。持って行った生卵が凍ったほど。
 寝袋の中で死ぬかと思いました。寒さでではなく、窒息死で。
 寒いので頭までもぐった寝袋の口をしっかり締めてしまったのです。浅はかな私は今も変りません。
 燧ヶ岳ではオコジョがとっても可愛かったなあ。
 さっきここにいたと思ったら、思いがけないところからまた顔を出します。
 至仏山では大雨の中、川のようになった急な道を娘は泣きながら下りました。
 早春の雲取では雪の芋木ノドッケで立ち往生してしまったこともありました。
 犬を飼い始めてからは行く回数は減ったけれど、先代犬の飛鳥とは北八ヶ岳を縦走したりもしました。
 
 と言う具合に、思い出したらキリがありません。
 大変なんだけど、下りたらまた登りたくなるのが山ですね。
 
 間ノ岳、行きたいなあ。きっとまたいつか登りましょう。
 今は時折、kaiちゃんと一緒に小さなお山に登るのが楽しみです。
 山道を歩いている時って本当に幸せな気分になります。
 あの登山道の匂い、湿った森の匂いでしょうか。本当にいい匂いがします。
 さて、次はどの山にしようかな。
 
 リバーサルに収められた数々の写真、膨大な数ですが、少しづつスキャナーで取り込んでいます。
 画質は悪いけれど、山の思い出です。
 |